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JPフィットネス - ストレングス工房 スタッフブログ

JPフィットネス - ストレングス工房: 2013年3月アーカイブ

【13】負けてなお深まる信頼関係(監督論)

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 このコーナーの第9回で、試合に『負けてなお深まる信頼関係もある』と言うことを書いたが、『本当ですか?』、『理想論、絵空事ではないのか?』といった質問や感想を頂いた。

 それらに対する答えになっているかどうかは分からないが、以下、実話を交えて書く。

 『毎日僅ずつでも前に進んでいる』という充実感、確かな手応えとして感じ取れる『勝利への予感』が、日々厳しい練習に取り組む選手やスタッフの心の支えになる。
 しかしながら、初優勝を狙うチームでは、時としてそれが揺らぐことがある。
 つまり、『初優勝を狙う』とは、当然のことながら過去に優勝経験がないということなので、『勝利への予感』を感じながらも、時にはそれがあやふやになってしまったり、何かの拍子に揺らいでしまうことがある。

 このようなことは、ある意味、避け得ないものであるが、そういう時こそ、ブレず、揺るがず、変わらぬ姿勢を貫き通すのがチームの中心である監督であり、事実、その通りに貫き通して見事、初の頂点に立った監督(複数)が、私の身近には確かにいるのである。

 見方によっては、一見単調ではあるが、『誠実で真摯な姿勢で練習に明け暮れる毎日』こそが、何ものにも変えがたく、決して揺らぐことのない、最も頼りになる拠り所となると言うことを、良き指導者(監督)は、看破し、自らもそれをブレずに実践しているからこそ、幾つものハードル(問題)を越えることが出来たのではないか?!

■敗戦の苦しみを真っ正面から受け止め、それを自覚すること。それが次なる勝利への第一歩である。
『運が悪かっただけだ』とか、『天候が悪かったせいだ』とか、『たまたま怪我人が多くて…』とか、敗因を何かのせいにして、敗戦の苦しみを自覚しない者、負けた相手から学ばない者には、将来の勝利はない。

■信頼関係を築くことは、何れの世界においても容易ならざることであるが、敗戦を真っ正面から受け止める監督は、自分が率いるチームは『監督の器以上には勝てない』ことを知っており、それ故に、敗戦の責任を一身に背負い、他のコーチやスタッフ、ましてや選手のせいにすることなど、絶対にない。有り得ないのである。
 したがって、このような監督に率いられたチームでは、試合の結果に関係なく、即ち、たとえ試合(決勝戦)に負けたとしても、かえって深まる信頼関係というものが在ることを、スタッフも選手も『その時』に知るのである。

 『人生は出会いだ』とよく言われる。

 よきチームとの出会いを!

≪田内 敏男≫

【12】解決しない解決法

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解決しない』解決法
~瞑想の効用:続き~


『今ある苦悩や問題点を嘆くなかれ!』と自分に言い聞かせている。
 
やるしかないのだ。進むしかないのだ。嘆いたり愚痴ったりしている暇があったら、対策を考える、身体を動かす、人と会って前向きな話をする、姿勢を正して沈志黙考、瞑想すること。
 
そして笑って笑って、元気に日常を送ることだ!

 三食の恵みに感謝し、通勤途中に季節の移り変わりはを感じては、
過ぎし日の成功と挫折に想いを馳せていると、自然の営みの中で生かされている自分に気付かされる。
 
このような状態になると、不思議なことに問題を問題としたまま受け入れ、客観的に眺められるようになり、問題そのものが消えてしまう?ことが往々にしてあるものだ。
 
年長者の知恵と言うか、若い人から見ればズルさと映るかも知れないが、問題を解決するのは、自分の頭、『自分からの働きかけから』だけではない、と言うことを体験的に知っているのだ。
 偶然や運の力も含めて、季節と同じように周囲の状況も変化する。
往々にして相手の方も変わることだってありうるのだ。

 万策尽きたと諦めて投げ出してしまっては、それまでだが、
時には何もせずに『瞑想』することが重要と頭の隅に置いておいてもらいたい。
 瞑想しながら過去を振り返る、じっとして今の自分を、他人が見るように観察する。その時、対策を練ってはいけない。感情を入れてはいけない。善悪の評価をしないように注意する。自分の身の回りで起こったこと、自分の心の変化を、ただただ静かに見つめる、観察すること。
 そういう時間を、1日のうちで必ず持つようにすることだ。

『こんなことで何かが変わるのだろうか?』
 最初は何も変わらない!
 ところが、暫く続けていると、体調の変化に気付く。
不思議なことに良くなってくるのだ。
 更に続けていると……!

 ジタバタしても始まらないし、嘆き愚痴っていても、
どうにもならない。
 
時には『解決しないことも解決だ』と決める、肝を括ることこそ、解決するための糸口なのだと気付くべきであろう。

 解決するための糸口となるものは、非常にシンプルな言葉、ちょっとした一言にある場合が多い。

 難解な書物にではなく、日頃慣れ親しんだ、例えば聖書、仏典、論語などは勿論のこと、諺の中にも、そして皆さんの座右の書にも、きっとシンプルな解決へのヒントが溢れていると思う。

 心して愛読書、座右の銘と対峙し、瞑想する習慣を築きたいものである。

≪田内 敏男≫

【11】精神集中

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精神集中

 心にもエネルギーを充填し、『ストレスをなくして1つのことに集中しなさい』とか、『余計なことを考えず、試合および試合の準備に集中しなさい』と、いつの頃からか選手は幾度となく言われてきたことと思う。
 しかしながら、我々凡人に、そんなことが簡単に出来るのだろうか?

 精神集中、それは目標に向かって突き進む人に本来そなわったもの、即ち本能的な行動なのかも知れない。それが発想力や智恵を産み出す源であると言われている。

 スポーツだけではなく、科学・技術、学問・芸術やビジネスの世界に至るまで、他に優れて並外れた業績は、『常人が及びもつかない程に精神を集中し、失敗を重ねながら、考えに考え抜いた結晶=閃き』から生み出されたものだとも言われている!?

■精神集中の第一歩となるのが、日常の訓練、すなわち『1つのことを徹底的に考えること、考えぬく習慣』を築くこと。

■次に、1日に1回は瞑想する習慣をつくることだ。

 瞑想において自己を観つめる際には、通常の観察眼ではなく、精神を集中することによって産み出された『気付く力』で、自分の心を観察するのだと、自分に言い聞かせること。
 喜怒哀楽といった感情を抑え、静かに腰を据えて一点に心を絞り込む。そうすると、ダラダラした散漫な日常生活からでは決して得られない『特別に強力な知性(気づく力)』が心の中に生まれてきて、物事の本質が見えてくる、と言われている。

 私は瞑想や呼吸法を主として仏教から学んでいるが、釈迦は『自分というものの本当の姿を知りたければ、集中した精神の力を使うべし』と説いている。
 精神を集中(瞑想)した時に得られる冴えた思考力(智恵)が、物事の筋道や道理が少しずつ分かるようにしてくれる、と言うのである。
 自分の狭い了見に気付かせ、凝り固まった硬い頭を解し、利害関係から遠ざけ…等、そういった新たな視点から観ることによって、人間の行いと、現在およびその先の状況が少しずつ分かってくるのである。

■選手は、鍛え上げた身体と身に付けたパワーを、ある時は自信に変え、ある時は直接ぶつけ合い、またある時は、パワーアップした身体で意識的にリラクゼーション(力みを取る=脱力)、つまりギリギリの緊張感の中での『居直り的リラックス』をし、思い切って競技(試合)に臨むのであるが、試合の土壇場で必要なのは、鍛え上げた『技(スキル)』と抜いた『力』、つまり無意識で自然な頭と身体の動きである。

 過大評価も過小評価もない、それだけがトレーニングが我々にもらたしてくれるものの『在るがままの姿』ではないか?

 我々が選手に教えることができるのは、将にこの点である。

■心の平静を刺激して動揺させる原因は、選手の身の回りには無限にある。

 不安やあがり、恐怖、それに得たいの知れない想像を絶するプレッシャーなど…。
 我が身に襲いかかる、それらの刺激そのものを消すことなど、到底できないから、それを受け止める個々の心、心の仕組み・構造を、練習・トレーニング、日常生活を通して、改良・改変し、強化して慣れさせるしかない。

 意(意識の力)を用いてプレッシャーの状況をイメージし、身体を鍛え、『その状況下で発揮できる技』を身に付けて行かなければ、到底ビッグ・イベント(試合)では通用しないのである。

 以上のように、身体を鍛え上げること、その鍛え上げた身体をリラックスさせ、心(頭)が冴えきった状態を保つことの重要性は、選手にだけ言えることではない。
 指導者にとっても極めて重要なことであり、指導者こそ日々の鍛練が必要であることを、改めて肝に銘じておきたい。

≪田内 敏男≫