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JPフィットネス - ストレングス工房 スタッフブログ

【10】指導者の形:良い指導者/有害な指導者

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 自問自答 :あってはならない指導者の形


『優れた指導者とは如何なるものであろうか?』
と日々の反省とともに、自問自答を繰り返す日々が続く……。

 私の駆け出し時代(今から約25年前)の頃に比べて、今はトレーニングを指導する人が随分と多くなった。多くなった人の数だけ教え方も考え方も違い、指導現場の閉鎖性もあってか、なかなか指導の実態が掴みにくく、試合とは異なり、指導者の優劣はつけ難いのも実情であろう。
 また、選手との相性やトレーニングの合目的性により、その良し悪しは、一律な基準で判別し難いのも事実である。

 選手がチーム練習にプラスして、何かしらのトレーニングを行えば、当然、疲労という現象が現れる。その結果、筋肉や関節にもダメージが蓄積されていき、トレーニングの効果と同時に、そこには『怪我や不調を引き起こす可能性』も常に在ることを認識していなければならない。

 このようなことは、チーム・スタッフであれば、当然認識しており、トレーニングの適量という『さじ加減』の難しいところでもある。そのために、チームにあっては、選手の個人差も考慮に入れながら、監督・コーチやメディカル・スタッフ及びフィットネス・スタッフ、マネージャー等、立場の違う『複数の眼』で選手の状態を見(観・診・看・)ているのである。

 したがって、選手がチームに所属している限り、所属チームでの練習やトレーニング、コンディショニング、ケア活動から切り離された状態で、『specialなトレーニング』だけを秘密に行うこと等は、少なくとも選手のコンディション・アップを考えた場合、特に学生(ジュニア)レベルの選手では有り得ないことである。

 マトモな指導者なら、そういうことが『選手の為』、つまり競技力アップのための『良い準備』にはならないことを分かっている。

 しかるに、近年、とんでもないカリスマ『フィジカル・コーチ』なる人物がいて、選手がチームの一員であることを無視して、とんでもない指導を秘密に施している。
 例えば、『四つ足動物の肉を食うな』等の独善的な指導を行ったり、チームスタッフのやり方を、陰で直接選手に誤りだと言ってみたり、怪我人に対しても独自の判断で、他のスタッフの誰とも連携を取ることなく指導を行う。
 更に、わざわざ選手に対して『何を行ったかは、チームには言うな!』と念を押すに至っては、開いた口が塞がらないとしか言いようがない。

 チームの一員である選手が、チームのルールを遵守することは、当然のことである。
 まだ判断能力の未熟な選手に対して、偏狭で独断的な指導をしたり、平気で他の指導者、監督・コーチを傷つけるような人は、『チームに所属する選手』を指導するということが、基本的なところで分かっていない。
 少なくとも良い指導者ならば、このようなことを行うはずがないのである。

 『誰のためになるのか?』『誰のために行っているのか?』

 この基準は、良い指導者と有害な(無能か有能かは別)指導者を見分ける際の重要なポイントになることは確かである。
 良い指導者とは、自分の都合ではなく、『選手の為になる、選手のポテンシャル向上に役立つ』ことを考える。このことは指導者としての原則であり、基準であり、良識でもあると思う。

 トレーニングの有効性は、『適切なこと(exercise)』を、『適切なタイミングとやり方』で行われた時にこそ、初めて認められるのではないか?
 勿論、簡単なことではない。難しいことであるが故に、プロとして悩み、試行錯誤しながら考え抜き、違う立場の人からのアドバイスも聞き入れながら『適切なタイミングとやり方』を探していくのである。その繰り返しであり、追求であると私は思っている。

 冒頭で述べたように、世の中には、トレーニングを指導する人が大勢いて、考え方や個性の違いから、指導のスタイルや内容は様々で、多岐にわたっている。
 人が評価をし、また目に見えない部分も多いことから、数値化できる科学と違って、白黒をつけることが難しいのも事実である。
 しかし、少なくともその選手の所属するチームのコーチやスタッフを悪し様に非難したり、情報開示やチームスタッフとの連携等とは真逆の秘密主義に徹し、選手のコンディションを損なったり、低下させるような指導には、存在価値はない。

 この尺度は、良い指導者と有害な指導者を見分ける際の重要なポイントであることは確かだと思う。

≪田内 敏男≫